iPodやスマホが世にでるもっと前のお話

西暦1998年、ポータブル・ミュージック・プレーヤーの時代は終着点を迎えた。
mp3プレーヤーが世に出てすぐのこと、iPodが到来したのだ。そして2000年代は街のどこを見回しても、“白いイヤホン”が人間に音楽を届けている。
しかしそれまでの時代、ウォークマン、そしてディスクマンはまさに時代を制する機械であった。
Sonyは1998年までに1億7500万台以上ものウォークマンと、約5000万台ものディスクマンを世界に売りあげた。他企業の類似・模倣品の数をのぞいてこの売り上げである。
ポータブル・ミュージック・プレーヤーは世界中の人々の必需品であったのだ。

世界が日本の技術に震撼した

今からおよそ40年前、ウォークマンの登場は世界を驚愕させた。
1979年、音楽を携帯するという未知の技術の到来に世界中が熱狂した。
著名なSF作家であるウィリアム・ギブスン氏は後にこうコメントしている。

“テクノロジーというものにあれほど息をのんだことは、後にも先にも無かったよ”

技術革新に伴った大きな不安

しかし技術革新はいつだって大きな不安を伴うのも事実。
専門家達は長時間の音楽の視聴に付随する耳へのダメージや、周囲への注意が散漫になることによる危機意識の低下などの問題点を指摘し、中には精神的・社会的に悪影響だとの意見を声高にあげる者も少なくはなかった。
実際にニュージャージーのとある町では、道路を横断する際のヘッドフォン着用を違法と制定した。

1981年、シカゴ・トリビュートに寄稿していたコラムニストはこう綴った。
“若者達が屋外でヘッドフォンをして歩いている。ウォークマンが精神に及ぼす効果はドラッグと同じである。音楽への依存から、このままでは我々人類の社会性は崩壊の一途をたどるだろう”

今を生きる我々が考えるべき音楽との付き合い方とは

しかし1998年にもなれば、警鐘を鳴らす声も沈静化し、ポータブル・ミュージック・プレーヤーは一般的に見られる必需品の一つとして世界に溶け込んでいった。

ともあれ、今の私たちから見れば不便さも感じられる。
私たちは外出時にお気に入りの音楽を家に忘れてしまうことも、今日自分が聞きたいであろうCDを選ぶ必要もなくなった。
少しのフリックで、少しのボタン操作で、数千・数万の音楽が耳に届いてくるのだ。

近年では音楽再生のみに機能を絞ったデバイスの市場は縮小を続けているようだ。
しかし、同時に私たちは大事なことを忘れてしまっているようにも思う。
アプリケーションやメッセージの通知に音楽を邪魔されることもなかったあの時代、人類はより音楽と真摯に向き合い、心からその芸術性に感化されていたのではないだろうか。
いや、そうでなければこれほど世界は騒がなかっただろう。

あなたは音楽を使い捨てにしていないと言えるだろうか。
これを機に音楽との向き合い方を考え直して見てはいかがだろうか。
それによって人類が生み出したこの美しい芸術たちは、きっとあなたの人生をより鮮やかに彩ってくれるはずだ。

via:Pitchfork

Chita
DEEP DIVER編集部の中では珍しい真面目なライター。海外での活動経験を生かして洋楽系の記事を寄稿している。音楽はトロピカルハウスやアシッドジャズなどを好み、海外のカルチャーへの愛と造詣が深い。最近ハマっているのはバチェラー・ジャパンとゲーム・オブ・スローンズ。